ブレンタノ博士の財訓

私は林学博士の肩書きが示すように、大学ではもっぱら林学を担当してきた者であるが、ドイツ留学では、ミュンヘン大学で有名なブレンタノ先生の下に財政経済学を専攻してきたのであった。ドクトル・エコノミープブリケーの学位は、実はその時の土産である。

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そのブレンタノ博士が、私の卒業帰国に際して、「お前もよく勉強するが、今後、今までのような貧乏生活をつづけていては仕方がない。いかに学者でもまず優に独立生活ができるだけの財産を拵(こしら)えなければ駄目だ。そうしなければ常に金のために自由を制せられ、心にもない屈辱を強いられることになる。学者の権威も何もあったものでない。帰朝したらその辺のことからぜひしっかり努力してかかることだよ」
といましめられた。

ところで、当のブレンタノ博士自らは、どうであるかというに、大学の経済学教授として立派な地位を保たれていたばかりでなく、その説くところをすでに実行して、四十余才で早くも数百万円(現在の価格に換算すると約百億円前後)の資産かになっていた人なので、私はこの訓言を身にしみて有難く拝聴してきたわけである。

いったい何事でもそうであるが、口先や筆先ばかりで人にすすめるよりは、自分自らまず実践してみせ、しかるのちに人に勧めてこそ大いに効果があるものである。

ところが、いかによいことでも、自分が実行して相当の成果を挙げたことを人に教える場合、なんだか自慢話になってやりにくいものである。ことに財産や金銭の話となると、いかにも心事が陋劣(ろうれつ)であるかのように人が思いやすいので、本人の口から正直なことがなかなか語りにくいものである。それを六十年もの昔、異邦人の私に親切に説き聞かされた恩師の厚情は、今に私の感謝に堪えぬところであって、学界人として異端視されつつ、私が金銭生活についても、その所信を断行し、またザックバランに、昔からその体験を物語るに熱心な所以は、実はこのブレンタノ博士の明察と勇気と親切とにお応えしようとしているわけでもある。

ブレンタノ博士は、さらにこういうことをいわれた。

「財産を作ることの根幹は、やはり勤倹貯蓄だ。これなしには、どんなに小さくとも、財産と名のつくほどのものは拵(こしら)えられない。さて、その貯金がある程度の額に達したら、他の有利な事業に投資するがよい。貯金を貯金のままにしておいては知れたものである。それには、今の日本では――明治二十年代――第一に幹線鉄道と安い土地や山林に投資するがよい。幹線鉄道は将来支線の伸びる毎に利益を増すことになろうし、また現在交通不便な山奥にある山林は、世の進歩とともに、鉄道や国道県道が拓けて、都会地に近い山林と同じ価値になるに相違ない。現にドイツの富豪貴族の多くは、けっして勤倹貯蓄ばかりでその富を得たものではない。こうした投資法によって国家社会の発展の大勢を利用したものである」

そこで私は、まず四分の一天引貯金の断行をし、それから、このブレンタノ博士の貨殖訓をおもむろに実行に移すことにした。

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