本多式「四分の一」貯金

「本多式四分の一貯金法」は、けっして本多の発明ではない。すでに二千五百年も昔にお釈迦様が御経の中でも説いておいでた。江戸時代でも松平楽翁公や二宮尊徳翁、その他幾多の先輩が奨励してきた貯金法(分度法)と一致している。ただ、その実行を偶然私が思いついたまでである。貯金の問題は、要するに、方法の如何(いかん)ではなく、実行の如何(いかん)である。

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ところで、私のやり方をさらに詳述してみると、「あらゆる通常収入は、それが入った時、天引四分の一を貯金してしまう。さらに臨時収入は全部貯金して、通常収入増加の基に繰り込む」法である。これを方程式にすると、

貯金=通常収入× 1/4 + 臨時収入× 10 / 10

ということになる。つまり月給その他月々決まった収入は四分の一を、著者収入、賞与、旅費残額などの臨時分は全部を貯金に繰り込む。こうして、また次年度に新しく入ってくる貯金利子は、通常収入とみなしてさらにその四分の一だけをあとに残しておく。これが、私の二十五才の時から始めた貯金法である。苦しい上にもさらに苦しさを求めたのだから、初めての生活はまったくお話になら苦しさであった。しかし、私は発頭(ほっとう)人でもあり、家計はいっさい妻に託したので、比較的に平気ですまされた。

実際家内の方はさぞ大変だったろうと、今からでも顧(かえり)みて推察できる。帳面買では安い物は買えない。そこで買物はすべて現金、月末になるとその現金が無くなってくるので、毎日胡麻(ごま)塩ばかりですませたことさえある。それでも大人達はなんともなかったが、頑是(がんぜ)ない子供達は正直だ。「お母さん、今夜も胡麻塩?」などと泣き顔をした。それを家内が、「もう三つ寝るとオトトを買ってあげますよ」となだめなだめしていたが、私は平気とはいいつつ、さすがにこれには断腸(だんちょう)の思いをした。

しかし、私のこの計画は、あくまでもしっかりした理性の上から来ている。気の毒だとか、かわいそうだなどということは、単に一時的のことで、しかもツマラヌ感情の問題だ。この際この情に負けてはならぬと歯を食いしばった。そうして、四分の一貯金をつづけていけば、三年目にはこれこれ、五年目にはこれこれ十年目にはこれこれになる。今の苦しさは、苦しいのを脱れるための苦しさだから、しばらく我慢してくれと家内の者を説いたのである。

まったく、私のやり方は無理の様でけっして無理ではない。給料四十円貰ったら、三十円しか貰わなかったと思って一俵分を別にすればよろしい。米の方は今年より来年が殖(ふ)えるというわけにもいかぬが、給料の方ならまず順当にいけば必ず殖える。辛抱しさえすればだんだん天引き残余が増してくるのである。

しかも私の場合、私と同じくらいの家族を抱え、現に三十円の収入で生活をしている人々も多かったので、私はただ生活の出発を一段下げた所から始めるとさえ考えればよろしかったのである。

敗戦後の今日、誰も彼も最低のところに在るのでは、一般にも、半段にも、どうにも下げようがないではないかといわれるかも知れない。しかし、事実ははたしてそうだろうか。当時における私のこの考え方は、現在でも経済生活の行詰り打開に応用できると確信する。

ホンの一回、最初の出発において、何人もまず四分の一の生活切下げを断行して下さい。ただそれだけですむのである。何事も中途でやり直すことはむつかしい。最初から決めてかかるのが一番楽で、一番効果的である。

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